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神武東征じんむとうせい ブログトップ
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宮崎県都城市高崎町大字東霧島 東霧島神社 開運 福寿 治病 航海 縁結び 安産 [神武東征じんむとうせい]

 神武東征じんむとうせい15


神八井耳命(カムヤイミミミコト)は弟の建沼河耳命


(タケヌナカワミミノミコト)に皇位を譲ります。


『わたしは当芸志美々命(タギシミミノミコト)


を殺すことができなかった、そなたは見事に


仇を討つことができた。わたしは兄だが


天皇にふさわしくないので、そなたが


天皇となって天下を治められよ、わたしはそなたを


助け『忌み人』となって仕えます』と言いました。


(忌人イワイビト=、神の祭事を司り、呪言を読み


上げ呪術を行う仕事をする人です)神武天皇の


長兄、日子八井命(ヒコヤイノミコト)


は茨田連(まむたのむらじ)摂津の


小豪族手島連(てしまのむらじ)の祖先になります。


神八井耳命は意富(太)臣(オホノオミ)・小子部連


(ちいさこべのむらじ)・坂合部(さかいべのんむ


らじ)といった中央の中流豪族と火君(ひのきみ)


・大分君(おおきだのきみ)・阿蘇君(あそのきみ


)筑紫の三家連(みやけのむらじ)・地方豪族の


先祖である。雀部臣(さざきべのおみ)雀部造(さざき


べのみやつこ)小長谷造(おはつせのみやつこ)・


都礽直(つげのあたい)といった中央の小豪族


と伊余(いよ)の国造(くにのみやつこ)・科野


(しなの)の国造・陸奥(みちのく)の石城(


いわき)・常陸(ひたち)の仲の国造・


長狭の国造・伊勢の船木直(ふなきあたい)尾張の丹波


臣(にわのおみ)・島田臣(しまだのおみ)らの地方


豪族も神八井耳命の子孫になります。神沼河耳


命は二代目の天皇となって天下を治めました。


伊波礼毘古天皇(イワレビコノスメラミコト)


の享年は百三十七歳、御陵は畝傍山の北側


の白檮尾(かしのお)のほとりにあります。

 東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)
御神徳 国家御守護 開運 福寿 治病 航海 縁結び 安産 東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)  東霧島神社.jpg http://miyazaki.daa.jp/ 宮崎県都城市高崎町東霧島
https://www.google.com/maps/place/%E6%9D%B1%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@31.8452029,131.0595779,15z/data=!4m2!3m1!1s0x353f24c9ddf620b9:0xa86769789ec33c92?hl=ja

最寄ICからのアクセス 高原ICより車で15分
最寄駅からのアクセス JR吉都線東高崎駅から徒歩10分
駐車場 有り(500台)

宮崎県西都市三宅神社(みやけじんじゃ) 特別史跡「西都原(さいとばる)古墳群 [神武東征じんむとうせい]

神武東征じんむとうせい14
三宅神社正面鳥居.JPG
三宅神社正面.JPG

神武天皇が亡くなると神武天皇の妾腹の子である


当芸志美々命(タギシミミノミコト)が皇后である


伊須気余理比売を妻にしました。当芸志美々命


は異母兄弟の三柱(日子八井命、神八井耳命、


神沼河耳命)を暗殺しようとしました。


この企てを察知した伊須気余理比売は悩み苦しみ和


歌を送ることで御子たちに危機を知らせるのです。


『狭井の河より、雲立ち込めて、畝火山の木の葉


ざわめく、強風が吹き荒れます』『畝火山では


昼間は雲が流れ、夕方には強風の前触れとし


て木の葉が騒いでいる』危機を知った御子たちは驚い


てすぐに行動に出ます。当芸志美々命の屋敷に侵入


して先手を取ろうとします。神沼河耳命が兄である


神八井耳命に言います。『兄よ、あなたが武器を


持って入って当芸志美々命を殺してください』


兄の神八井耳命は手足が震えてきて何もできません。


そこで弟の神沼河耳命が武器を持ち当芸志美々命を


殺してしまいました。『神聖な水の精霊』を表す


名前を持つ神沼河耳命に『勇猛な水の精霊』を


意味する建沼河耳命の名が加わりました。


神(カム)から建(タケ)へ、タケは『ヤマトタケル』


『イズモタケル』『ヤソタケル』と同じ、『強い男』


『英雄』『戦いに秀でている』という意味です。

三宅神社(みやけじんじゃ)
三宅神社本殿.JPG
三宅神社本殿2.JPG
宮崎県西都市大字三宅3415
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最寄ICからのアクセス 西都ICより車で約15分
最寄駅からのアクセス JR日向新富駅より西都方面へ車で約30分

西都市の紹介
日本最大の311基の古墳が集まる国の特別史跡「西都原(さいとばる)古墳群
http://www.city.saito.miyazaki.jp/contents/soumu/syoukai-top.html




宮崎県東諸県郡国富町 剣柄稲荷神社(けんのつかいなりじんじゃ) [神武東征じんむとうせい]

 神武東征じんむとうせい13


伊須気余理比売の家は狭井河(サイガワ)のほとりに


ありました。この河を狭井河というのはその河に


山百合が多いからです、山百合の名を取って


狭井河と呼ぶようになりました、山百合は


別名『佐韋サイ』といいます。神武天皇


は伊須気余理比売が宮中に来たときに


天皇が和歌を詠まれました。『葦原の粗末な家に


菅畳(すげたたみ)を敷いて二人で過ごして寝た』


天皇と伊須気余理比売の間には三人の御子がお


生まれになった。日子八井命(ヒコヤイノミ


コト)神八井耳命(カムヤイミミノミコト)


神沼河耳命(カムヌナカワミミノミコト)


[=綏靖天皇スイゼンテンノウ]の三柱です。

 剣柄稲荷神社(けんのつかいなりじんじゃ)
(本庄稲荷神社)
剣柄稲荷神社.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
剣柄稲荷神社2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
五穀豊穣 商売繁昌 厄払 家内安全 交通安全 海上安全
東諸県郡国富町大字本庄4845番地
https://www.google.com/maps/place/%E6%9C%AC%E5%BA%84%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@31.9892402,131.3204828,19z/data=!4m5!1m2!2m1!1z5Ymj5p-E56iy6I2356We56S-77yI44GR44KT44Gu44Gk44GL44GE44Gq44KK44GY44KT44GY44KD77yJ!3m1!1s0x0:0x4f15a0e2da38ad7?hl=ja

最寄ICからのアクセス 宮崎西ICより車で約20分
最寄駅からのアクセス 宮崎駅よりバスで約40分


 法華嶽公園ほっけだけこうえん
法華嶽公園.jpg
宮崎県東諸県郡国富町大字深年4106番地30

春はレンギョウ、桜、シャクナゲが咲き誇る。スポーツ施設、キャンプ場を併設。

JR宮崎駅から宮崎交通綾行きバスで41分、国富で宮崎交通法華嶽行きバスに乗り換えて20分、終点下車すぐ
http://www.town.kunitomi.miyazaki.jp/modules/content019/index.php?id=3


 不動の滝ふどうのたき
不動の滝.jpg
宮崎県東諸県郡国富町三名

野原台地の東南部にそびえる松峯山の懐に流れる高さ10mの滝

JR宮崎駅から徒歩10分のデパート前から宮崎交通バス国富・綾行きで36分、国富下車、タクシーで10分
http://www.town.kunitomi.miyazaki.jp/modules/content019/index.php?id=7

宮崎県宮崎市 生目神社(いきめじんじゃ)昔より眼疾に霊験あらたかなり 高原町歴史めぐり [神武東征じんむとうせい]

神武東征じんむとうせい12
生目神社2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
伊波礼毘古命が日向にいたときに阿多の小椅(おばし


きのきみ=海幸彦の子孫)の妹の阿比良比売(あひ


らひめ)と結婚して儲けた子が多芸志美々命


(タギシミノミコト)と岐須美々命(キスミ


ミノミコト)の二柱です。神武天皇


(イワレビコノミコト)は天下を


治める人物にふさわしい大后(おおきさき)がいない


ことを残念に思っていました。この話を聞いた


大久米命は天皇に献言しました、『この大和


の地に神の御子と呼ばれる美しい少女が


おります、三輪の大物主神が三島湟咋


(みしまのみぞくい)という国津神の


娘の勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)を見初めて儲


けられた御子さまです』大物主神は丹塗にぬり矢


(赤い矢)に姿を化けて勢夜陀多良比売に近づ


いたのです。少女が用を足している最中、


少女の陰部を突きました、驚いた少女は


慌てて走り回り、すぐにその矢を床に


置くと矢は立派な若者になりました。勢夜陀多良比売


の娘が富登多々良伊須々岐比売命(ほとたたら いす


すき ひめ の みこと)です。そして後に名を


改めて伊須気余理比売(いすけよりひめ)[比売


多々良伊須余理比売ひめたたらいすけよりひめ]


と変えたのです。『ほと(陰部)』という


名前を嫌って変えたのでしょう


七人の少女が高佐士野(たかさじの 現桜井市)に遊


びに行きました、その七人の中に伊須気余理比売がい


ました。大久米命が伊須気余理比売を見て歌で神武


天皇に申し上げます。 『大和 麗わし 高佐士原


(たかさじはら)を並び歩める乙女たち いずれ花


とも 見まもごうばかり 誰にお声をかけますか』


天皇はひときわ美しい少女が伊須気余理比売だと


気付き和歌で答えます。『すべて娘は麗し過ぎて


 一人選ぶは難しい 前に歩める 年上の娘を 


妻にするのが望ましい』


そこで大久米命は神武天皇の言葉を伊須気余理比売


に伝えました。伊須気余理比売は大久米命の鋭い目を


見て不思議に思い歌って答えます。『まず雨燕


(あまつばめ) 二つ鶺鴒(せきれい) 三が千鳥で


頬白(ほおじろ)によく似た怖い装いされた


丸い眸(ひとみ)の武士(もののふ)よ』、


大久米命はすぐに答えます。


『はるか遠くの 橿原発(かしはらた)ちて 清き


乙女をただ求め探し回れる 武士だけの 


こんな大きな目』


気の利いた和歌を詠んだことによって彼女はさっそ


く大久米命に向かって『喜んで天皇(おおきみ)に


お仕えします』と答えました。

生目神社(いきめじんじゃ)昔より眼疾に霊験あらたかなり
生目神社のクスノキ(市指定天然記念物)昭和48年3月12日指定
生目神社のオガタマノキ(市指定天然記念物)昭和48年8月12日
生目神社.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
宮崎県宮崎市大字生目345
https://www.google.com/maps/place/%E7%94%9F%E7%9B%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@31.92038,131.375462,17z/data=!4m2!3m1!1s0x3538b68bce766bf5:0x99c55818227e832b?hl=ja

最寄ICからのアクセス 宮崎西ICから宮崎方面へ10分
最寄駅からのアクセス 宮崎駅より車で20分


高原町役場
宮崎県西諸県郡高原町大字西麓899番地
http://www.town.takaharu.lg.jp/modules/contents02/index.php?content_id=2
御池と高千穂峰.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
高原町歴史めぐり
http://www.town.takaharu.lg.jp/modules/contents11/index.php?content_id=25

宮崎県西臼杵郡高千穂町 四皇子ヶ峯(しおうじがみね) 高千穂温泉 [神武東征じんむとうせい]

神武東征じんむとうせい11

那賀須泥毘古との戦いに勝利した伊波礼毘古命、

彼の元に邇芸速日命(ニギハヤヒノミコト)が

現れます。『天津神の御子が天降ったと伺

いましたので私も(ニギハヤヒ)こうして

天降って参りました』と言い天津神の

印である宝物を献上します。この

邇芸速日命が須泥毘古の妹と結婚して生まれた子が

宇麻志麻遅命(うましまじのみこと)です。宇麻志

麻遅は物部連(もののべ、石上神宮に祀られて

いる)・有力豪族、穂積臣(ほずみのおみ)采女

臣(うねめのおみ)の祖先にあたります。

邇芸速日命、宇麻志麻遅命の父子が

参上してまもなく大和は平定され

荒ぶる神々も説得し抵抗するものは撃退しました。

そして伊波礼毘古命は大和の白橿原(かしはら)

に王宮を建てて天下を治めるのです。後に

神武天皇と呼ばれる初代の天皇になります。


※邇芸速日命は天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミ

コト)の子と伝わっていますが日本書紀では誰の

子かハッキリしない面もあります。邇芸速日命

は神武東征に先立って高天原から地上に降り

立ちます。その降臨のときに『天磐船アメノ

イワフネ』という乗り物に乗ってやって

きたので航空の神として祀られています。

※神武天皇がこの地にやって来た時に須泥毘古が反

撃したので邇芸速日命が須泥毘古を殺害して大和

国は神武天皇が治めるようになったのです。

※高天原から神武天皇の補佐を命じられ地上に降臨

した邇芸速日命が天照大神から授かったのが、
・澳津鏡(オキツカガミ)
・辺都鏡(ヘツカガミ)
・八握剣(ヤツカノツルギ)
・生玉(ナマタマ)
・死返玉(シガエシノタマ)
・足玉(タルタマ)
・道返玉(チガエシノタマ)
・蛇比礼(ヘビノヒレ)
・蜂比礼(ハチノヒレ)
・品物比礼(クサグサノヒレ)

の10個と伝わっています。

四皇子ヶ峯(しおうじがみね)
・神武天皇御兄弟四皇子御降誕の地と伝わる
四皇子ヶ峯.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
西臼杵郡高千穂町大字三田井1073
https://www.google.com/maps/place/%E5%9B%9B%E7%9A%87%E5%AD%90%E5%B3%B0/@32.7087913,131.3142255,16z/data=!4m2!3m1!1s0x0:0x8902096f859732d5?hl=ja
アクセス案内http://takachiho-kanko.info/access/

 高千穂温泉
1998年(平成10年)4月にオープンした高千穂温泉
高千穂町大字三田井3214-1
アクセス 高千穂バスセンターから車で5分
入場料 70歳以上  400円
高校生以上 500円
中学生   400円
小学生   200円
アクセス案内 http://takachiho-kanko.info/sightseeing/detail.php?log=1337319135




宮崎県宮崎市 皇宮神社(こうぐうじんじゃ)県立平和台公園 [神武東征じんむとうせい]


神武東征じんむとうせい10
皇宮神社.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
伊波礼毘古命の軍勢は北方の登美へと進みます。


兄の五瀬命の命を奪った那賀須泥毘古(ながす


ねひこ)に決戦を挑むために。戦いが始まる


運命の時に、伊波礼毘古命は兵士たちを鼓舞


する(励ます、士気を高める)ために和歌


を歌います。


①『みつみつし 久米の子等が 垣下に 植えし椒


口ひひく 吾は忘れ地 撃ちて止まむ』


②『神風の 伊勢の海の 生石に 這ひもとほろふ


細螺の い這ひもとほり 撃ろて止まむ』


③『楯並めて 伊那佐の山の 木の間よも い行きま


もらひ 戦へば 吾はや飢ぬ 島つ鳥 鵜養が伴 


今助けに来ね』


①語訳、久米部のものたち、垣根に植えた山椒の実


は辛くて口が痺れる、その痺れなかなか取れないように私も敵から受けた痛みは忘れない、さぁ打ち倒そう。


②語訳、伊勢の海の石に這う巻貝のように敵の周りを這い回って、打ち倒そう』


③語訳『伊那佐の山の木の間を通って見守っていたらおなかが空いた鵜養部(うかいべ)たちは助けにきてくれ』


※『みつみつし』は賑やかとか勢いとかの意『神風の』


は強風で知られる伊勢の海の枕詞『盾並めて』盾を


並べて迎え撃つという意味。③は師木の戦いで


兄師木と弟師木を破ったこの戦いが長引き


伊波礼毘古命の軍勢が疲れてしまった。


その時に食料を調達する役目を持った鵜養(うかい)


の役人に向けて和歌を歌ったもの


この和歌を聞いた伊波礼毘古命の軍勢は敵に向かっていき須泥毘古の軍勢を包囲して完勝しました。


皇宮神社(こうぐうじんじゃ)
・神武天皇宮崎の宮の皇居跡と顕彰されている
・宮崎神宮の元宮
皇宮神社2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
宮崎県宮崎市下北方町横小路
https://www.google.com/maps/place/%E7%9A%87%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@31.941146,131.416148,16z/data=!4m2!3m1!1s0x0:0x2ae271b4d8eeec38?hl=ja

最寄り駅からのアクセス JR宮崎神宮駅より車で約5分
最寄ICからのアクセス 宮崎ICより宮崎市街地方面に約8km

県立平和台公園
平和台公園2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
平和台公園.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
宮崎県宮崎市下北方町越ヶ迫6146
http://h.park-miyazaki.jp/note/event.php

公共交通機関
宮崎駅東口より平和台公園行きに乗って約30分。
終点の平和台公園下車。
タクシーの場合
宮崎駅からは約20分。

宮崎県日向市美々津 立磐神社(たていわじんじゃ)美々津はご東遷の際、お船出の地として顕 彰されている 御鉾神社(みほこじんじゃ)・此の島は美女が島 [神武東征じんむとうせい]

神武東征じんむとうせい9
お船出の地 塔.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
立磐神社.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
忍坂に到着した伊波礼毘古命の一行は忍坂を統治し


ていた豪族たちから頼みごとをされます。『八十建


(やそたける)[=大勢の男たち]と名乗る土雲(山


で生活している民、人たち)を退治して下さい』


伊波礼毘古命は了承してさっそく土雲を討ち


倒す策を練ります、そして指示を出して八十建を大室


に招きました。伊波礼毘古命は客一人に対して一人


の給仕を付け、あらかじめ『わたしの歌を聞いたら


一斉に斬りかかれ』と命令を出しておいたのです。


給仕係は配下の兵ばかりで固めています、宴が


盛り上ってきたところで伊波礼毘古命が歌います。


この歌を合図に兵士たちは八十建に斬りかかり


瞬く間に制圧、生き残った八十建も降伏して


伊波礼毘古命に従いました。
立磐神社(たていわじんじゃ)
立磐神社2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
・美々津はご東遷の際、お船出の地として顕彰されている
・航海の安全
宮崎県日向市美々津3419
https://www.google.com/maps/place/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%9C%B0/@32.3372821,131.6118635,17z/data=!4m2!3m1!1s0x35476a6fcf666591:0x5bfbbd12b8800e45?hl=ja

最寄り駅からのアクセス JR美々津駅より車で約5分
最寄ICからのアクセス 日向ICより南へ車で約20分

御鉾神社(みほこじんじゃ)
・鉾島はご東遷の際、鉾を納められた地として顕彰されている
・此の島は美女が島
宮崎県日向市大字細島353
https://www.google.com/maps/place/%E5%BE%A1%E9%89%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@32.426459,131.667825,18z/data=!4m2!3m1!1s0x0:0x6f1592a4541b0a81?hl=ja

最寄り駅からのアクセス JR日向市駅(または財光寺駅)より車で約15分
最寄ICからのアクセス 日向ICより約7km

宮崎県児湯郡都農町 都農神社(つのじんじゃ) 矢研の滝(やとぎのたき) [神武東征じんむとうせい]


神武東征じんむとうせい8


『兄宇迦斯よ、まずはそなたがお仕えする為に造っ


た御殿の中に先に入られよ』すでに観念したのか


兄宇迦斯が御殿に入るとその天井から平べったい


大きな石が、どすんどすん、と落ちてきて兄宇迦


斯はあっという間に潰されてしまったのです。


兄宇迦斯はすぐに引き出され辺り一面血に染まって


しまいました(この土地を宇陀の血原という)このあ


と弟宇迦斯は伊波礼毘古命を御馳走でもてなし


ます、伊波礼毘古命は御馳走で宴会を開き部下を労い


ます。そして兄宇迦斯を倒した功績で弟宇迦斯に


宇陀の土地を与えるのです。弟宇迦斯は宇陀


水取(もいとり)の先祖です(水取もいとり=


宮廷の食用水を管理する役人)伊波礼毘古命


の一行は北東に向かい師木(しぎ)を経由してそこか


ら西へ向かい忍坂(おさか)の大室に到着しました。

 都農神社(つのじんじゃ)
・創建されたのは御即位六年前の神武天皇が宮崎の宮を発し東遷の折、此の地に立ち寄り、国土平安、海上平穏、武運長久を祈念し御祭神を鎮祭された事と伝えられる
都農神社.jpg
https://www.google.com/maps/place/%E6%97%A5%E5%90%91%E5%9B%BD%E4%B8%80%E4%B9%8B%E5%AE%AE%E9%83%BD%E8%BE%B2%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@32.263117,131.558668,17z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x3547432908379f71:0xd6145266789186dc?hl=ja
児湯郡都農町大字川北13294番地

最寄ICからのアクセス 東九州道高鍋ICより国道10号線を北進訳10㎞
最寄駅からのアクセス 日豊本線都農駅より徒歩約25分


矢研の滝(やとぎのたき)
・日向国から東征し、大和朝廷を聞いたとされる神武天皇が、東方へ向かう途中、この滝で矢を研いだ
・日本の滝百選」の一つにも選ばれた矢研の滝
・「尾鈴山瀑布群おすずさんばくふぐん」
矢研の滝.jpg
宮崎県児湯郡都農町川北
https://www.google.co.jp/maps/place/%E7%9F%A2%E7%A0%94%E3%81%AE%E6%BB%9D/@32.292872,131.470813,17z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x35474532a3a0d96d:0xf9af2268fea4ef48

JR日豊本線都農駅からタクシーで1時間
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kankyo/shizen/trekking/trekking/tre_08_tsuno_1.html






宮崎県児湯郡高鍋町 鵜戸神社(うどじんじゃ)鵜戸は神武天皇ご東遷の際御駐輦された 川南町 甘漬神社(あまつけじんじゃ) [神武東征じんむとうせい]


神武東征じんむとうせい7
高鍋 鵜戸神2.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
宇陀の地を治めていたのは穿(うがち)の地名に


因む名前を名乗っている兄宇迦斯(えうかし)


弟宇迦斯(おとうかし)の兄弟でした。伊波礼


毘古命は八咫烏を二人の元へ送り恭順の


意思を探らせます。『大和平定の為、


日の御子様がお出ましになられた


、そなた等は御子様に従うか?』


八咫烏からの言葉を聞いた弟の弟宇迦斯は恐れを


抱いたが兄の兄宇迦斯は怒り出し弓矢を取り


出して使者を射ました。(この矢は高い音


で鳴る鏑矢(かぶらや)と呼ばれる弓矢で


鏑矢が落ちた所にか訶夫羅前(かぶらさ


き)という地名が残っています。)八咫


烏を追い返してしまった兄宇迦斯は


伊波礼毘古命を討とうと画策します。初めに伊波礼


毘古命の軍を破る為には手駒の兵が必要でしたが


他国の有力な軍勢を前に兵は集まらず失敗しま


した。『よし、ならば磐余彦(イワレビコ)を


騙し討ちしよう』と言い、兄宇迦斯は大急


ぎで罠を仕掛けた御殿を用意しました。


罠が完成すると嘘の申し出を伝える


使者を送り伊波礼毘古命を油断させます。しかし


この策は直ちに弟宇迦斯の知るところとなり


弟宇迦斯は密かに伊波礼毘古命の元を訪ね


て兄の企みを話しました。兄宇迦斯の企み


が露見したので直ちに伊波礼毘古命の


部下の道臣命(ミチノオミノミコト)


大久米命(オオクメノミコト)の


二人が数人の兵を従えて兄宇迦斯を捕らえてきまし


た。そして兄宇迦斯を罠のある御殿へ連行しまし


た道臣命は大刀の柄(つか)を握り大久米命は矛


を相手に突きつけ背後の兵は弓矢で兄宇迦斯


に狙いをつけます。道臣命は天孫降臨に従っ


た天忍日命(アメノオシヒノミコト)の子孫


で大伴連(オオトモムラジ)の祖先。大久米


命は同じく天津久米命(アマツクメノミコト)


の子孫で久米直(クメノアタイ)の祖先。

鵜戸神社(うどじんじゃ)
・鵜戸は神武天皇ご東遷の際御駐輦された
高鍋 鵜戸神社.jpg
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宮崎県児湯郡高鍋町大字蚊口浦1-1
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最寄り駅からのアクセス JR高鍋駅より徒歩で約5分

最寄ICからのアクセス 高鍋ICより高鍋市街地方面へ約7.5km

 甘漬神社(あまつけじんじゃ)
・甘漬はご東遷の際御駐輦された
甘漬神社.jpg
宮崎県児湯郡川南町大字川南11393
https://www.google.com/maps/place/%E7%94%98%E6%BC%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@32.228838,131.565738,18z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x35475d1c705d7fdb:0x97a173f12fef42dd?hl=ja

最寄り駅からのアクセス JR川南駅より車で約15分

最寄ICからのアクセス 高鍋ICより川南方面へ約14km

宮崎県西諸県郡高原町 皇子原神社おうじばるじんじゃ 神武天皇御降誕された地 [神武東征じんむとうせい]


神武東征じんむとうせい6

皇子原神社3.jpg
http://miyazaki.daa.jp/
高倉下の話を聞いた後で伊波礼毘古命も不思議な夢


を見ました。高御産単日神が現れ助言をするのです。


『天津神の御子よ、これより奥へと立ち入ってはな


りませぬ、この先には荒ぶる神々が大勢おりま


する、今より天から八咫烏(ヤタガラス)を


遣わせます。八咫烏が案内しますか


らその後にお進みなされ』と


教えてくれました。伊波礼毘古命が目を覚ますと丸


い目をした三本足の八咫烏が頭上を飛んでい


ました。伊波礼毘古命が高御産単日神の教


え通り八咫烏の後に続くと吉野川の川下


に至りました。その場所には筌(うえ)


[=竹で編んだエビやカニを追い込む


罠]を作って魚を取る者がいました。


伊波礼毘古命がその者に『そなたは何者ぞ?』と


尋ねます、すると『私は国津神の贄持之子(にへ


もつのこ)と申します、これより日の御子様に


従います。』と答えました。[贄持之子は阿陀


(あだ)の鵜飼の祖先になる]そこから先に進


むと尾のある人が泉から出てきました。


その泉からは光が出ていて伊波礼毘古命はその光に
皇子原神社2.jpg
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『何者だ?』と尋ねると、『私は国津神の井氷鹿


(いひか)と申す、これより日の御子様に従いま


する』(吉野を治める吉野首(よしのおびと)の


先祖)と答えました。伊波礼毘古命がさらに


進んで山に入って行くと茂みの中からまた


尾のある人に出会いました。この者は岩を押し分け


て出てきました、いつものように名を尋ねると


『国津神の石押分之子(いわおしわくのこ)と


申します、天津神の御子が来られると伺っ


て参上しました。』と答えました。(吉野


の深山で生活する国栖(くず)


[=狩猟で生活する集団]の先祖)伊波礼毘古命は


石押分之子の案内によって山坂を越えて大和


の盆地の外れにあたる宇陀(うだ)に辿り着き


ました、そこを宇陀の穿(うがち)といいます


。(奈良県宇陀市の宇賀志(うがし))


皇子原神社おうじばるじんじゃ
・御神徳 安産・縁結び・家内安全
・皇子原は皇祖神武天皇のご降誕された地
皇子原神社.jpg
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宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田3-251

最寄り駅からのアクセス JR高原駅より車で約15分

最寄ICからのアクセス 高原ICより約7km
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